大阪地方裁判所 昭和41年(わ)3645号 判決 1968年2月21日
被告人 後藤カツ子
主文
被告人を懲役三年に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は本籍地で新制中学校を卒業後、福山市で洋服店々員となつたが、給料が安いためやめ、昭和三七年一二月職を求めて来阪し、大阪市北区梅田町にあるパチンコ店ニユー阪神で働いていたところ、同店々員後藤軍史と知り合い、昭和三九年一月頃、同人と結婚し、二人の間に長男浩(昭和三九年九月二二日生)を儲け、昭和三九年四月頃から大阪府茨木市大字水尾二七一番地三和住宅株式会社所有にかかる三和荘第六文化住宅の階下(北側から二軒目)に居住していたものであるが、昭和三九年一二月三日午前一一時二〇分頃、自宅六畳の間を掃除していた際、天井裏を走るねずみの足音を聞き、かねて新聞紙上に掲載されていたねずみが乳児をかみ殺したとの記事を思い出し、長男浩がねずみにかまれるのではないかと不安を感じてこれを防ぐため、まず天井裏の構造を見ようと考え、三畳の間の水屋の中から蝋燭(長さ約一〇糎、太さ直径約八ミリ)を取り出し、これに火を点じて左手に持ち、右手にガス管を握り体の平衡をとりながら自宅炊事場流し台の上においていたガス炊飯器(高さ二九糎、幅三五糎、奥行三〇糎)の上にのぼり、流し台の上の天井板(厚さ約三ミリ、広さ約四〇糎のベニヤ板)をずらして該場所から右蝋燭を差入れて天井裏をのぞきこみながら体の方向を変えようとしたとき、左手首が天井裏の根太に当り、その衝撃で右蝋燭が手から離れて九〇糎位南よりの天井裏に転げ落ちたが、その火は消えたものと軽信し、そのまま右炊事場に接する三畳の間に戻り、右浩の着替をさしていたところ、同日午前一一時四〇分頃、前記流し台の上の天井附近から白煙がでているのを発見したので、前記要領で再び前記ガス炊飯器の上にのぼり、天井裏をのぞき見たところ、天井板が幅約三〇糎位とその附近の根太が燃えているのを発見した。その際被告人が近隣に出火を知らせ、その協力を得れば火勢からみて容易に消火し得る状態にあつたのに右の所為にでれば自宅から火を発したことが明かになり、その結果近隣の者から非難を受け、到底同所に居住できなくなることをおそれ、又たとえ右建物を焼燬しても自己の家財には火災保険をかけているためその保険金により損害を填補できるから、右自室のほか、松本松男ら一七世帯が居住する右三和荘第六文化住宅一棟(木造モルタル張二階建々坪約二〇一平方米)を焼燬するも止むを得ないと考え、近隣に出火を知らせてその協力を求める行為をしないで、そのままこれを放置して外出し、よつて同日午前一一時五五分頃、現に人の住居に使用する前記建物のうち後藤昌夫、吉岡巧の二世帯を除きその屋根、天井板及び床板等約一六九平方米を焼失させてこれを焼燬したものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法一〇八条に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、犯情を考慮し同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽した刑期範囲内で被告人を懲役三年に処し、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させる。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 藤原啓一郎 内園盛久 川波利明)